ゲンキのブログ

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meta ドストエフスキー「罪と罰」と「阿部ともみ」 「浅野いにお」

2019/2/25

 

ちーちゃんはちょっと足りない

罪を犯してない人間は、

泳がされてる期間が非常に辛い

という人間の感情を描いたのが

ドストエフスキー罪と罰

 

でも、実際は罪の意識なんて持たないで、

のうのうと生きていられる人もいるのかもね。

 

そう考えるとラスコリーニコフはまだ誠実な人間ではあったよね。

 

大好きが虫はただしくんのは、

なんだろ、コミュ障とかそういう話じゃなくて

本当にグレーな部分。

 

なんども同じこと話す人、

確認作業で話が進まない人、

自分の性癖を隠している人そしてそれを信頼した人に信じてもらえなかった人。

「あの夢の先」を追い求めた結果なにもなかった人。

 

人より遅れてる?人の話って言い換えられるかも。本人にとっても「自分が異常」ってことに気づいてるけど、でも治しようがわからない、しかも教えてくれない非情ってのを感じてる。

 

「自分らしく生きよう!」っていう学校の言葉を本当に信じると「あいつ変わってる」と言われる自分自身。

結局世間の言ってる「自分らしく」ってのは「生き生きとはつらつと、みんなが知っているような生き方をしよう」ってこと。

「相手を受け入れる」っていうのは、生半可な言葉で言っちゃダメなんだなって。

 

「自分らしく生きた」結果が、「相手を傷つけることが好き」っていう自分だったらどうすればいいのか?

 

そんな疑問を持った作品。

 

 

 

 

あとは、

障害なのかどうなのかわかんない人っているよね。でも精神が病んでるっていう風に答えのないところに持っていかれるより、脳の機能異常だったりしたほうがマシじゃない?

精神なら自分で直せとかいう風に当たりが強くなるし抽象的な「精神」という本当に存在するのかわからないものを直すのは難しい。

 

一方の「脳機能」異常とかだったら、物理的な異常だから、医学の進歩とか、食べるものを変えるとかで治りそう。

 

精神病=脳異常って捉えられる時代がいつかくるといいね。

 

なんでも治せる世の中になれば良いなあ。

 

 

 

 

 

 

 

元記事

 

 

 

ちーちゃんはちょっと足りない

阿部ともみ 著

 

頭のネジ一歩抜けた子(ちーちゃん)の話。

 

一言で感想を言うと

「マンガ版の罪と罰

 

ドストエフスキーの「罪と罰」は

主人公のラスコーリニコフ[別名ロージャ]

が殺人を犯すが、

犯人が自分だとバレているかバレていないか

がわからない。

わからないからこそ自白するべきか自白しないべきかわからない。

葛藤により最後は発狂してしまうというのが大筋。)

 

 

 

 

 

人間関係の鬱屈さとか、

グレーゾーンを描いた

ブラックなマンガを描く「阿部ともみ」は

僕が高校生の時に初めて読んだ。

 

最初に読んだのはたしか

大好きが虫はタダシくんの」という

やっぱり救いようのないマンガ。

 

「常識の欠如」とか「社会不適合の過程」の

予備軍な人たちが登場人物。

 

救いようのないマンガといえば

おやすみプンプン」の著者「浅野いにお

だが、そっちとは違った角度で

黒さが描かれている。

 

後味の悪さだとこの2人がトップに並ぶ。

 

読む際は最後まで読まないと、

気持ち悪くなります。

読みきっても気持ち悪くなる。

 

 

そのほかにも

空が灰色だから

「ブラックギャラクシー6」

など、同系統の作品がある。

 

マンガ版ショートショート

四コママンガ以上、長編マンガ以下の長さ

なので、

長いストーリー無理だよって人は

読みやすい。

 

 

後記

 

罪と罰

レミゼラブル」について、

近々書く予定です。

 

−げんき−

 

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