ゲンキのブログ

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初めての法律学 有斐閣アルマ

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後記 兼 感想

 

法律が出来上がる背景。

 

ゴルフの移動の際、ゴルフカー?を使っても良いかという考えの際に

ルールを決めることになった。

 

ゴルフは「スポーツ」であり、体力を競う競技でもあるから使用は禁止であるという意見。

 

もしくは

ゴルフは最も少ない打数を競うものであり、

体力は関係ないという見方などができる。

 

これらの背景を元にルールを制定していくことにするが、

その手段とは「ゴルフの本質」を考えることである。

両者とも「ゴルフは体力勝負」「ゴルフは少ない打数で」というようにそれぞれのゴルフ感を語っている。

 

しかし、ゴルフカーを使った場合と使わなかった場合を比べてみても、消費エネルギーにはなんら差がなかったらしい。

 

ということは、

ゴルフカーを使うことは、

体力面には関わらず、

少ない打数で打ち終えるという目的にも

沿っているのである。

 

つまり、

「ゴルフカーを使って良い」というルールを作ることができる。

 

こんな具合で法律を作る背景がある。

 

ルールを鵜呑みにするのは、

解釈的にも、人間的にも

なんか空虚な気がする。

 

 

ーげんきー

 

 

 

 

 

 

内容。

 

 

 

刑罰は犯罪に対する報い。

責任能力のない子供や精神障害者が生み出す害悪は刑罰の対象とはならない。

 

刑罰には犯罪の予防の効果がある。

 

威嚇予防というものが法律上には存在し、

身近な例では叱責などが当てはまる。

怒られるからやらないという威嚇予防。

 

 

 

過失運転致傷罪、危険運転致傷罪。

 

うっかりは過失

わざとは故意

 

 

どのような刑罰を課するかは

あらかじめ法律で定められていなければ

ならない。

 

 

つまり後から法律を作って罰することは

できないということである。

 

事後法の禁止と呼ぶ。

 

正当防衛は罪を犯す意思があったか

なかったかにより、判断をゆだねられる。

 

 

 

 

何人も裁判所で裁判を受ける権利をうばわれない。

国家が所有する刑罰権の乱用を防止し、人々の自由を保障するため。

 

 

 

国際規約上の推定無罪

裁判で有罪を認められるまで、いかなる人物も無罪であるという法律。

 

 

 

 

 

 

 

人間関係から死のことまで法律では定められているが、

自分には全然関係なんじゃないかという思いで日々生きているのかもしれない。

 

法律の中にがんじがらめにされて生きていくのも生きづらいとは思うが、

法律がなければ生きていけないということでもない。

 

いままで、しっかりと考えたことのない分野の読書だったから、

いまいち内容もつかめないままだった。

 

法律の特徴的には、

罰すること、が書いてああるのがほとんどという印象であるから、暗い印象を受ける。

 

人々が何をしていいのか、何をしてはダメなのか。

そこに関してはしてはいけないことの方が多く書かれているように感じる。

表現の違いかもしれないけれど、少し気になった部分。

 

法律の上に眠るものはその力を得ることができないというくらいだから

法律もうまく使っていくものなのかも。

 

でも、「法律だから」という理由で行動するのは、必ずしも正しいとは思えない。

そもそも法律が制定されるのには背景と、目的を知るべきである。