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meta 管理職一年目の教科書 櫻田 毅

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2019/2/24

 

管理職という仕事は、

ぶっちゃけ仕事をしなくても

その職場がうまくいっていれば出勤しなくても良いとのこと。

 

場所をうまく管理し、

全体の統制を行うというのが仕事。

 

その分全体の問題の解決や、

わからないことを聞きに来る、

と言った意外と難しいようで簡単に見られてします仕事をこなしていかなくてはならない。

 

結構辛い仕事なのかもしれない。

 

だからこそ、管理職はストレス耐性が強いという条件を持っている人が向いている。

 

追加で

新しい取り組みに対して挑戦できるような人が良い。

「出世」とか「上からの見てくれ」ばかり気にしている人は「現状維持」しかできない。

 

そんな人求めているけど、

でも理想の人ばかり求めすぎるのはこっちのメンタル保たないよね。

 

ちょっとくらい妥協できるのが良いですね。

 

でも、自分自身がそういう上司目指してやっていければ1番いいよね。

 

なにもかも最大限求めるのは辛いからほどほどにしよう。

 

 

 

 

 

 

元記事

 

仕事とは「決めて実行すること」かつ、迅速に決めること。そもそも決定できない時には、「情報が足りていない」「判断基準が確立されていない」という2要因が挙げられる。曖昧な状況での話し合いは意味がない。どのように解決すれば良いかというと、小さな変化の決断を積み重ねていくこと。そうすることで大きな決断のための経験値を積んでおくというもの。決断も練習が必要なのである。もし、大きな決断を要する仕事につくのであれば、日頃から小さな決断を意識して生活をしてみるべき。

決断に慣れることが大事。

 

決断が1日遅れると全ての作業が1日遅れる。自分自身のことを悠長に待ってくれる人は、いないと捉えておくべきなのかもしれない。

 

決断しないよりも、失敗する決断をしてでも行動に移すことが大事。動かないよりも失敗する方がまし。そもそも人は間違えるものである。間違えないことに慣れていると、新しいことに挑戦するときの失敗を恐れて行動できなくなってしまうだろう。行動しようとしてリスクを考えるのは、あながち行動にしないためにリスクの面に目を向けているだけだ。行動しないためにリスクという妄想を作り出しているのかもしれない。失敗することに慣れること。

 

 

基礎ばかりやっていても進歩は望めないが、基礎のできていない人がさらに高みを望むことは難しい。

 

仕事はとりあえずちょっとやって見ることが大事。難易度の把握もできるし、その仕事に対するアンテナも養うことができる。これに関しては提出物、プレゼンテーションの準備などに使えるであろう。何事も一つずつ片付けるのではなく、同時並行的に進める唯一の方法かもしれない。マルチタスクにならない程度で、3分だけ今やっている作業を中断して、新しく頼まれた仕事を取り組むということが大切である。実際やっている作業を中断するのは気持ちの悪いことだが、長期的に見るとちょっとだけ中断することで自分にとっても作業効率的に効果が出るのは実感がある。おすすめである。ちなみに、「情報中断により記憶に残りやすくなる」といツァイガルニク効果と呼ばれる作用も働くので、脳科学的にも証明されているものである。

 

 

 

会議の中心は「何かを決めること」。何かを変化させるには「決定」が必要であることと言い換えても過言ではない。一度の会議で小さなことが2、3個決まれば一つの大きな決断に匹敵する決断に繋がっている。大きな変化を求めるよりも、小さな決断を必ずしていくべき。塾の講師をしている自分が気をつけているのは今日の授業で「何ができるようになるか」を明確にしておくこと。ただ単に授業に出て、問題を解いて終わりだけでもいいのだが、「できるようになること、できるようになったこと」が授業後と授業前で比べることができるようになるのでおすすめだ。毎日の自主学習をしている時も、「何ができるようになるか」をイメージして毎日を勉強していくことで、モチベーションを保つことができる。

 

 

上司と部下という関係性の危うさ。なんとなく社会の風習として「上司」「部下」という関係が成り立っており、集団の構成としてはこの関係はいいと思う。しかし、上司部下というのはただのネームプレートなだけであり、上司だから偉い、部下だから「上司よりもできなくて良い」なんていうのはお互いの成長を妨げる。上司が「上司」である限り、部下から学ぶことができなくなる。上司というプライドを持ってしまうと、部下から学んではいけないという心理が働く。逆に部下は「上司」に意見など言えるわけなどないので、自分自身の方が詳しいのにも関わらず伝えることができないという後ろめたさに苛まれることになる。この場合どのように「上司部下関係」を解消できるかというと、方法はどちらかが腹を切るしか今は方法がない。部下が「上司」を、上司が「部下」を一人の人と考え、教えあうという関係を築く必要がある。上司部下の前に、「人間関係」を見直すのが、現代社会、人間関係には必要である。日本人ならではの、師匠弟子関係も今では通用しない。

 

 

相談の仕方。

良い相談の仕方は「大まかな方針はこのような流れですが評価お願いします」という話し方。悪い相談の仕方は「例の件についてどうやればいいですか。」という聞き方。後者の聞き方であると、まず考える努力なんていうものが垣間見得ない。そもそもやる気があるのかという評価までされる可能性があるし、自分自身がこのような聴き方をされたらめんどくさくてたまらない。前者では「自分自身の意見についてどう思いますか」という聞き方であるから、最初の一歩目は自分自身が握っている。この違いは大したことなさそうに見えるが、実際は円滑に物事を進める上で必要なスキルである。時間もなく、忙しいお互いなので、最初の一歩目から考え合いましょうというのは時間も労力も無駄である。「一歩目を自分で決めた後に相談」できるように、自分自身も意識を高めていく。

 

 

成長の仕方。

「じわじわ成長は遅いが、長期的に高いリターンを得られる学習」と「付け焼き刃での一時的な急成長」どちらが良いかと考えると、やはり、「じわじわ成長」ではないだろうか。女子と男子で考えるのはよくないが、「じわじわ成長」は「女子に多く見られ、「急成長」は男子に多く見られる。じわじわ成長は長期的にお大きな力を得られる分即効性はない。しかし、「急成長タイプ」に速効性や急成長が本当にあるかというとそんなことはない。せいぜい一つのテストなどを終えた後は何事も忘れているようなものである。行き当たりばったりな成長ではなく、長く大きく成長していくべきである。

 

後記

 

社会人の前に一人の人間として成長したいな。

成長した自分が社会に出るイメージ。

 

社会に出たから社会人じゃなくて、

大学に入ったから大学生でもなくて。

 

社会人、大学生なんていうのは幻想なのかもしれない。

 

肩書きより生身の自分自身に

焦点を当てていくべきなのかな。

 

 

ーげんきー