ゲンキのブログ

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学問のすすめー福沢諭吉 抜粋してみた

「人に貴賎はないが、勉強したかしないかの差は大きい」

 

これは「天は人の上に人を作らず」という言葉の元の言葉であるが

意味は勉強に限らず、人間関係、スポーツにも当てはまる言葉だ。

 

やるかやらないかの世界で生きているというのを実感させてくれる。

 

勉強はしなくとも生きては生きる。

相手を貶めるのではなく、自分自身が成長していけという教訓もここから学べる。

 

 

 

 

「自分自身に対する責任」とは。

 

無知蒙昧な人間は「恥」を知らないが故に

自分の無知を反省することができない。

 

知識がないがゆえに金持ちを恨む。

 

自分の国の法律で守られながら、自分に不利な場合は平気で法律を破り、

他人が法を破ると法律違反だと豪語する。

 

国に報いようという精神を持っているのであれば

日本の将来に不安や悩みを持つ必要などなく、

「国を自分自身で守ること」に集中するであろう。

 

むしろ、国を守ろうとすることにより一種の「国の保有」が心の中に芽生え、

国の将来は自分自身で握ることができる。のである。

 

そのためには一人一人が自分の行いを正し学問を行い知識をひろめ、

才能と人格を磨くことが何よりも大切なのである。

 

 

 

独立の精神がない人間は、人を愛する力も国を愛する力も浅くいい加減である。

 

独立とは自分自身で物事の始末をつけ、他人を頼る心がないことを言う。

 

他人の考えに影響されず、自分で物事の正誤を見極め、間違いを起こさない人間のことを、「独立人」と呼ぶ。

 

経済的に他の援助を必要としない人を「経済的独立人」と呼ぶ。

 

しかしものの道理がわかっているものなど少ししかいないのだから、知識のあるもの

が政治を行い従わせれば良いのである。いちいち政策の内容を説明する必要はないのである。

 

現在の安倍政権も「情報を明かさない法」を採択したが実際はこのような意味があると僕は考える。

我々は現場にはいない存在なのである。国会は国民の代表が集まっているとともに

国民は主権を持っていると言うのはいわば「形式」である。これは「形式」のままでよく、国を動かすのは実質「国会議員」だけで良いのである。

その理由は前述の福沢諭吉の言葉にもある通り。